遺産分割前の預貯金の払戻しについて

遺産分割前の預貯金の払戻しのルール、数年前に大きく変わったことをご存知でしょうか。

背景には、最高裁判所の重要な判断があります。

◆かつてのルール(〜2016年まで)

以前は、最高裁判所の古い判例(昭和29年4月8日判決)にもとづき、「預貯金は、相続が開始した瞬間に、法律で決まった割合(法定相続分)で各相続人に自動的に分割される」と考えられていました。

これはつまり、預金が「遺産分割の話し合い」の対象外とされていたため、相続人の一人でも、自分の法定相続分の範囲内であれば、金融機関で比較的簡単に払い戻しを受けることができたのです。

現在のルール(2016年〜)

ところが、この長年のルールが、平成28年12月19日の最高裁判所の判例によって、180度見直されました。

新しい判断では、「預貯金も不動産などと同じように、相続人全員で公平に分けるべき財産であり、遺産分割の対象となる」とされたのです。

この決定により、預貯金は相続人みんなで「どう分けるか」を話し合って決めるべきもの、という位置づけが明確になりました。

その結果、現在では原則として、遺産分割協議が終わるまでは、相続人の一人が勝手に預金を引き出すことはできなくなりました。

そんな状況に対応するため、2019年7月から新しい制度がスタートしています。今回は、遺産分割協議が終わる前でも、故人の預貯金を引き出すことができる2つの方法をご紹介します。

方法1 金融機関で直接払い戻す制度

まず一つ目は、家庭裁判所を通さずに、金融機関の窓口で直接手続きできる方法です。相続人であれば、他の相続人全員の同意がなくても、一人で手続きを進められます。

民法900条の2に次のとおり、規定されています。

(遺産の分割前における預貯金債権の行使)
第909条の2 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

では、いったいいくら引き出せるのでしょうか?

引き出せる金額には、以下の計算式と上限があります。

【計算式】
(亡くなった時点の預金額) × 1/3 × (あなたの法定相続分)

【上限額】
1つの金融機関につき150万円まで

少し複雑に感じるかもしれませんので、具体例で見てみましょう。

【例】お父さんが亡くなり、相続人はお母さん(妻)と子ども2人のケース
・A銀行の預金:3,000万円
・あなたの立場:子ども(法定相続分は1/4 ※)
※配偶者1/2、残り1/2を子ども2人で分けるため、1/2 × 1/2 = 1/4

この場合、あなたがA銀行から引き出せる金額は…

3,000万円 × 1/3 × 1/4 = 250万円

となります。
しかし、ここで注意が必要です! 計算上は250万円ですが、「1つの金融機関から引き出せる上限は150万円」というルールがあります。
したがって、このケースでは、あなたはA銀行から最大150万円
を引き出すことができます。

複数の銀行に預金がある場合は?

この150万円の上限は、金融機関ごとに適用されます。
例えば、A銀行に3,000万円、B銀行に600万円の預金があった場合、

  • A銀行から:最大150万円(先ほどの計算)
  • B銀行から:最大50万円(600万円 × 1/3 × 1/4 = 50万円)

というように、それぞれの金融機関で計算した金額(上限150万円)を引き出すことが可能です。

◆同じ銀行に複数の口座があったら?

A銀行に「普通預金900万円」と「定期預金3,600万円」があったとします。(相続人は先ほどと同じ妻と子2人)

  • 普通預金から引き出せる額:900万円 × 1/3 × 1/4 = 75万円
  • 定期預金から引き出せる額:3,600万円 × 1/3 × 1/4 = 300万円

合計すると375万円になりますが、A銀行という「一つの金融機関」からの払い戻しなので、上限はやはり150万円です。
「普通預金から75万円、定期預金から75万円」というように、合計150万円の範囲内で自由に組み合わせることができます。

方法2 家庭裁判所の許可を得る制度

方法1の150万円では、借金の返済や当面の生活費に足りない…という場合もあるでしょう。また、相続人同士の話し合いがこじれて、遺産分割の調停や審判に発展しているケースもあります。

そんな時に利用できるのが、家庭裁判所に申し立てて、預貯金を仮に受け取る「仮分割の仮処分」という制度です。

家事事件手続法第200条3
前項に規定するもののほか、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権(民法第466条の5第1項に規定する預貯金債権をいう。以下この項において同じ。)を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない。

◆どんな制度?

これは、遺産分割の話し合いが家庭裁判所で続いている最中に、「生活費がなくて本当に困っている」「故人の借金の返済期限が迫っている」といった緊急の必要性を裁判所に認めてもらう制度です。

裁判所が「確かに必要だ」と判断すれば、他の相続人の利益を大きく損なわない範囲で、特定の預貯金の一部または全部をあなたに取得させる決定をしてくれます。

この制度は、方法1よりもまとまった金額を受け取れる可能性がありますが、家庭裁判所での手続きが必要で、必ず認められるとは限らない点に注意が必要です。

今回は、遺産分割前の預貯金の払戻し制度について解説しました。
相続の手続きは複雑で、ご自身の状況ではどうすれば良いか迷われることも多いかと思います。
個別の事情に関するご質問や、その他お困りのことがございましたら、どうぞお気軽に当事務所までご相談ください。

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